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東京物語 [奥田英朗]

これは作者・奥田英朗の自叙伝小説と言われる。
高校を卒業し、浪人として上京した1978年。しかし物語はそこから始まらない。
1980年12月9日、ジョン・レノンが悲しい最期を遂げた日から始まる。(あの日聴いた歌)
その年から、順不同の短編6つによって成り立つこの物語。
初めて東京に出てきた日(春本番、1978年4月4日)には、何もない部屋にちゃぶ台を置くだけで「俺、ここに住むんや」という実感が湧いてくるシーンがある。
自分も学生時代、下宿に入った日も同じように思ったし、卒業前に出るためテーブルを片付けた時には逆の気分になったことを思い出す。
場所は東武東上線・北池袋。毎日会社の往き帰りに通過する駅。ざっと、5600回は通り過ぎていると思われる(200日×14年換算)
降りたことは一度もないが、しっている場所が登場すると親近感が沸くものだ。
奥田英朗という作家、「イン・ザ・プール」と「空中ブランコ」、この二冊を読んだ限りでは、"得意とするフレーズ"はなかったように思う。しかし本作では、繰り返し使われるフレーズがある。

  「甘い気持ち」

何も「甘ちゃん」「甘ったれ」という使われ方ではなく。

この物語には、3人の女性が登場する。(お母んやその友達は除く。演劇部の先輩も除く)
「レモン」の小山江里、「彼女のハイヒール」の洋子、そして「バチェラー・パーティ」の理恵子。3人共かわいい性格をしており、それぞれの態度や仕草、言葉が久雄を、そして読み手である私を甘い気持ちにさせ、恋心を抱かせる。

恋とは多分、その前の「甘い気持ち」の延長線上にあり、「甘い気持ち」を抱いたまま恋に発展する。しかし、恋になった途端に「甘い気持ち」だけではいられなくなり、苦しくなり、切なくもなるだろう。
奥田英朗が書いた恋愛小説も読んでみたい、と思ったが、そう考えると読み手(ここでは男。現実派の女が、これを読んでどういう気持ちになるのかわからない)がいい気持ちでいられる、これぐらいが丁度いいか。

ベタベタの、全編ラブストーリーは嫌いである。年がら年中、そのことばっかり考えてるわけがないし、他のことを考えてる時間のほうが圧倒的に多いはず。
その点、この物語は6つの短編から構成されていて、ラブと非ラブの分離に成功している。そして、とある一日の話なのでラブの比重が高くても何の不自然さもない。そういう日もあるから。
いや、私の恋愛小説観などどうでもいいことだ。

この小説に多大なる貢献をしているのが、全編に渡って随所に散りばめられている、この時代の背景。文庫版解説の、豊崎由美さんの言葉を借りると、

時代のイコンというべき事件や流行や有名人が頻出。ウォークマン、ルービックキューブ・・・  <中 略>松田優作の急逝と遺作『ブラック・レイン』、ベルリンの壁崩壊-------。80年代を久雄同様、若者として過ごした世代には懐かしい記号を、地の文章や会話の端々にちりばめたこの小説集には、たしかに「時代の空気を活写した」という評がふさわしいし・・・


となる。

「部下に対し、遠慮はいらないが配慮は必要」とは久雄が勤めていた広告代理店の社長の言葉。
「モノを創造する側の人間が自分に夢中になっては困る」とは発注元代理店の制作部長の言葉。
この2つは強く印象に残った。これからの人生に役立てようと思った。
また、「バチェラー・パーティ」に登場する、久雄の得意先であるバブルにまみれた地上げ屋の、心からの叫びにはいたく感動した。

これで、長々とダラダラと書いてきた、東京物語の読書感想文は終わる。
いや、終わる前に少し。

ベスト章を発表する。(させてください)
ベスト章は、最も甘酸っぱく、歳は違えどリアルな記憶のある時代を描いた「レモン」
プロ初登板の江川に、家賃の高さを思い知らせたラインバックの3ラン。月刊から隔週刊に変わる「ぴあ」。京阪神ではL-マガジンの時代である。

最後に。

   奥田英朗って上手いわ。

集英社文庫 ISBN4-08-747738-X 619円+税


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空中ブランコ [奥田英朗]

イン・ザ・プールの続き。これで伊良部シリーズは十編に。前作同様、奇妙な行動・言動をとりつつも患者の症状は快方に。いやいや、そんなことはどうでもいい。物語なのでそんなもの、自由にコントロールできる。
四本目の「ホットコーナー」。プロ野球の、レギュラー三塁手が、「イップス」にかかり、一塁への送球が、とてもまともに投げられない。それどころか打てなくもなったりする。これは、自分の存在を脅かす新人の入団、という原因があるのだが、原因不明の、ボールが恐いとか投げられないとか、自分にも経験がある。
ここでも伊良部は、普通のキャッチボールはカラッキシ、でもゴロを横に動いて捕ったあとのスローイングはOK、ド真ん中のボールは空振りでも、頭の高さなら大根切ってホームラン、という特異な面を披露する。
前作同様、肩ヒジ張らず気軽に読める一冊。

文藝春秋 ISBN4-16-322870-5


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イン・ザ・プール [奥田英朗]

伊良部総合病院。その地下にある、神経科の注射フェチ、伊良部一郎博士を中心に繰り広げられる物語。しかし、これをただの物語と思ってはいけない。
現代に生きる、今日まで何ともなかった誰もが、明日には物語の登場人物のようになるやも知れない、そんな身近な問題を変人・伊良部一郎が治療?していくのだ。
容姿もさることながら、性格も子供のような伊良部。初めて訪れた患者は、必ず途中で帰ろうとするが結局帰れなく、それどころか通院してしまうことになる。そして伊良部に心を許し、いつの間にか症状は。。。
ロッキンオンを愛読する、SEXY&無愛想看護師のマユミも味を添える。

◇イン・ザ・プール
出版社勤務のストレス性体調不良の患者。解消のためにプール通いを始め、症状そのものは治まったが、新たな症状が。
過ぎたるは猶及ばざるが如し、ちょっと違うかな。

◇勃ちっ放し
これは男性読者、読みとおすのは非常に辛い。女性には全くわからない感覚。男が生理や出産の辛さをわかることができないのと同じで。
いやー、解決してよかったですよ。
うぅぅぅ~ってなって読んでました。
怒りもたまには爆発させんとあかんね。

◇コンパニオン
自意識過剰が昂じると、このようになります。の例。
一歩外に出ると、ストーカーがウジャウジャ。
いくつもの視線で舐め回されます。
本当だったらたまりません。が、それは妄想の世界。

◇フレンズ
携帯電話は現代人の生活を変えました。
いつでもどこでも、ケータイさえあれば繋がってられる。
孤独な人でも誰かと手軽に繋がることができる。それは、束の間であっても、極々表面的であっても安心を与えてくれる。(気がする)
でも、依存しすぎると。。。
ケータイを家に忘れた時、「大事な連絡がつかなくって困ってるヤツがいるに違いない」などと思えるようになれば、あなたも立派なケータイ依存症。一度、伊良部総合病院の門を叩いてみれば。。。

◇いてもたっても
強迫神経症のルポライター。火の始末が気になって仕方がない。脳内だけなら何回火事を起こしているか。
なので、その火事を未然に防ぐために、確認をする。何度も何度も。列車に乗り遅れるハメになっても、気になるものは仕方がない。しかし、何度確認しても気になる。そのうち、火の後始末に留まらず、自分の手に触れたものは全てその後が気になる。眠れない。
私も時々、家を出る時、鍵をかけたかどうか心配になる時がある。
今までの最高は、駅のホームから家まで戻った。患者のことを笑えない。

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いずれの話も、日常と背中合わせの現代社会を映し出す症状。

この短編集は、見方を変えると精神医療の本、とも言える。かも。
しかし、そこには難解な医学用語も登場せず、また作者も難解な表現や文字を使わず、可能な限り平易な、しかし稚拙ではない言葉を用いて物語を作り上げる。
グイグイと引き込むような迫力はないが、スッと入っていける、入ったらその居心地(読み心地)の良さから、ついつい頁が進む、不思議な魅力がある。
また、一つ一つの物語の長さが絶妙なのも特徴。これより長いと話がダレて、短いと物足りない。
難を言えば、展開に意外性がないので、このままだとこのシリーズもネタ枯れ・頭打ちかな、と。

活字離れが叫ばれて久しいが、この物語ならば、読むことが不得手な人にも比較的入りやすいのでは、と思った。
本を読むのに抵抗がある人、読みたいのに何を読んでいいのかわからない人、本書はお勧めです。高校生の読書感想文にもいいかもね。

奥田英朗・著 ISBN4-16-320900-X 文藝春秋

因みに映画化されます。東名阪福で、ほぼ単館に近い形で来春公開。
「いま、会いにゆきます」で重要なチョイ役を演った松尾スズキが伊良部です。
http://www.herald.co.jp/official/pool/index.shtml


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